昨年からいたるとことで
「平成最後の・・・」
というフレーズを耳にします。
私と同じように、少ししつこいな・・
と感じている人もいるのではないでしょうか。
最後だからどうして欲しいのか
テレビやイベントで、
「平成最後の○○・・」と聞きますが、
「だから、今回は○○しましょう」
という掛け声にはなっていない気がします。
結局、発言している人も
最後だからといって、どのような効果が期待できるのかを
感じていないのでしょう。
突き詰めると
「最後だから、どうしたらいいのかは、あなたが考えてください」
といった、随分無責任な丸投げ行為にも感じ取れます。
「最後」ということばに対する期待感
最後といって思い浮かぶイベントといえばなんでしょう。
卒業式
定年退職
部活動の引退
確かに、感慨深く涙が似合うイベントですね。
そろそろ気づいた人もいるでしょうが、
これらは、
継続してきたことの最後なのです。
ですから、それまでの時間を思い、
感謝し、貴重な時間になるのです。
つまり、「平成最後の・・・」に
話し手以上の特別感を聞いている側が感じないのは
『別に、ここで継続が終わるわけではない』
からでしょう。
「最初」ということばに対する期待感
一方で、次には
「(新しい元号)最初の・・・」
というフレーズが溢れることでしょう。
不思議とこのときには、
聞き手にも高揚感が沸いてくることでしょう。
これは、新しいスタートで
自分にスイッチを入れたい
自分もリスタートしたい
という願望が重なるからでしょう。
また、「最初の○○の人」というのは
仕分けではやった「1番じゃなきゃだめなんですか」
にもつながることでしょう。
1番はやはり貴重です。
やはり、最後よりも最初に輝いたい
そう思うと、「(新しい元号)最初の・・・」
では、何かいい成果をぜひ残したいですね。
部活や習い事なども含めて
いま、自分の中で継続しているものがあれば、
ぜひ、準備練習を重ねて良い成果を上げたいですね。
次のスタートを意識していこう。
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